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大分地方裁判所 平成6年(ワ)401号 判決 1997年12月25日

原告

吹田豊秀

ほか一名

被告

髙山二司生

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告吹田豊秀に対し金四三二八万三四四六円、原告吹田加代子に対し金四一九八万三四四六円及びこれらに対する平成五年一〇月二四日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が普通貨物自動車(以下「被告車」という。)を運転中、吹田孝夫(以下「亡孝夫」という。)の運転する自転車(以下、単に「自転車」という。)と衝突し、亡孝夫が死亡した事故について、亡孝夫の両親である原告らが被告に対して、自賠法三条に基づく損害賠償を請求したものである。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

日時 平成五年一〇月二四日午後一時三〇分ころ

場所 大分県直入郡直入町大字上田北八〇八の四番地先路上

態様 被告が被告車を運転中、自転車で走行していた亡孝夫と衝突し、亡孝夫が死亡した。

2  被告車の保有関係

被告は、被告車の保有者であり、本件事故当時、被告車を運行の用に供していた。

3  相続関係

原告らは、亡孝夫の両親であり、亡孝夫の権利義務を各二分の一の割合で相続した。

二  争点

1  本件事故態様及び被告の自賠法三条但書に基づく免責の可否。

(原告の主張)

(一) 亡孝夫が、本件県道の路側帯を久住町方面から庄内町方面に走行中、同方向に走行してきた被告車が自転車の後部に衝突した後、同自転車及び亡孝夫を轢過した。これは、江守一郎作成の鑑定書(甲六、八)及び同証人の証言(以下、右鑑定書及び右証言を併せて「江守鑑定」という。)から明らかである。したがって、被告は、自賠法三条に基づく損害賠償責任を負う。

(二) これに対して、大慈彌雅弘作成の鑑定書(乙九)及び同証人の証言(以下、右鑑定書及び右証言を併せて「大慈彌鑑定」という。)による本件事故態様は、被告車の左角部付近に自転車の前輪部付近が衝突し、その後、自転車はそのまま前進しつつ、被告車の左ヘッドランプカバー左角部と自転車のフレームパイプが衝突し、さらに前進しつつ、被告車の左ステップ部と自転車の右ペダル部が衝突したというものである。しかし、大慈彌鑑定における損傷状況の説明は、以下に述べるとおり、不自然である。

(1) 被告車のフロントバンパー左端部の凹損、擦過痕は、地上から四八センチメートルの位置にあるのに対し、自転車の車輪は三五センチメートルにすぎないから、被告車のフロントバンパー左端下部に自転車の前輪部のタイヤホイールが衝突することはあり得ない。また、被告車のフロントバンパー下部に装着された牽引フックについても、地上から三九センチメートル以下ではないから、自転車の前輪部に右牽引フックが衝突することもあり得ない。

(2) 被告車の左ヘッドランプカバー左角部の亀裂は、地上から七一センチメートルないし八一センチメートルの間にあるのに対し、自転車の上フレームパイプは地上から五〇センチメートル程度の位置にあることから、被告車の左ヘッドランプカバー左角部に自転車の上フレームパイプが衝突することはあり得ない。

(3) 被告車の左ステップ部は、地上から三九センチメートル以上の位置にあるのに対し、自転車の右ペダル部は自転車後輪の中央付近に押し付けられていることから、車輪の長さの半分である一七・五センチメートル程度の高さで衝突したことになり、自転車の右ペダル部が被告車の左ステップ部に衝突することはあり得ない。

(三) 次に、大慈彌鑑定における本件事故状況の説明は、以下のとおり不自然である。

(1) 大慈彌鑑定によれば、最初の衝突によって自転車は左回転が生じるとのことであるが、その左回転による自転車の損傷部位は、前方より一七センチメートル付近から九五センチメートル付近にまで及んでいる。すなわち、<1>自転車の前輪部のタイヤホイール部の中心付近の湾曲個所(この損傷は、衝突による凹損ないし衝突後に自転車が横方向に押されることによる屈曲で生じたものであるとしている。)、<2>衝突後に自転車に左回転が生じ、自転車の上フレームパイプ部と被告車の左ヘッドランプカバー左角部が衝突、<3>衝突後に自転車に左回転が生じ、自転車の右ペダル部と被告車の左ステップ部が衝突、とされている。これらの損傷状況は、タイヤホイールが湾曲し、上フレームパイプが通常の衝突では考えられないほどに歪曲し、ペダルにいたっては、後輪のタイヤを押し付けるほどにペダルクランクが歪曲しているのであるから、いずれも相当の衝撃がなければならない。しかし、最初の衝突で自転車に左回転が生じているというのに、自転車がさらに前方に進行しつつ被告車の左角部に衝突するということ自体が考えられないうえ、その衝撃が前記三個所ともに相当な衝撃であるというのはあり得ない。逆に言えば、自転車が進行しつつ左回転を生じるということが考えられないことである。

(2) また、自転車が最初の衝突後、さらに前方に進行しつつ左回転が生じたとすると、前述のとおり、自転車は七〇センチメートル程度は前方に進行していることになるから、被告車の前面部に何らかの痕跡(例えば、最初の衝突後に七〇センチメートル程度進行したことを示す擦過痕等)が残るはずであるが、被告車にはこのような痕跡は全く残されていない。さらに、自転車が最初の衝突にもかかわらず前方に進行する状態であったのであれば、自転車が被告車の左二〇度の角度に移動することはあり得ない。自転車がこのように移動するほどに速度を出していたとすれば、衝突後は、自転車は被告車の右側に移動することになる。しかも、自転車の速度は時速約二〇キロメートルが想定され、通常の自転車の速度よりも早い速度であったとされている。さらに、最初の衝突後、前方から九五センチメートル付近が被告車の左角部に左回転で衝突したということは、全長一三〇センチメートルの自転車のうち、七割近くが被告車の正面に進行していることになる。そうであれば、被告車の左前方二〇度に自転車が移動することがあり得ないことは大慈彌鑑定も認めるところである。なお、大慈彌証人が法廷で行った鉛筆による実験は、鉛筆が静止している状態(自転車が止まっている状態)であったことが指摘されるべきである。

(3) 大慈彌鑑定は、車両部品の飛散場所からしても、不自然である。自転車のライトレンズ、バッテリーケースは、被告車の右側に飛散している。仮に最初の衝突によって左回転が生じたのであれば、このように被告車の右側に飛散することはあり得ないはずである。これとは逆に、自転車のグリップは自転車と同じ方向に飛散している。大慈彌鑑定によれば、このグリップは最初直接に衝突したものであるとのことであり、その後に左回転時に衝突したものではない。そうであれば、自転車の左回転の影響を受けない位置に飛散するはずであり、被告車の左二〇度前方付近に飛散することはあり得ない。この点につき、大慈彌鑑定は、衝突後、グリップが脱落するまで時間がある可能性を示唆するが、グリップ部が衝突した後、その部位が改めて衝突した形跡はないのであるから、脱落まで左回転が影響するほどに時間を要したとは考えられない。

(4) 大慈彌鑑定では、被告車の方向指示器の飛散位置から、衝突地点をその破片の一〇メートル手前と推定しており、その計算の際には、路面上の滑走距離を飛翔距離の二分の一として算出しているが、この点は自動車事故工学の文献等には全く記載されておらず、科学性がない。しかも、方向指示器以外の部品(自転車のライトレンズ、バッテリーケース等)では滑走距離が二分の一とは考えられていないが、この場合の計算式は江守鑑定と変わらないはずである。そうすると、これらの自転車の部品の飛散位置から衝突地点を推定しないことは疑問である。

(5) 大慈彌鑑定では、自転車の損傷部位の合理的な説明ができない個所がある。まず、自転車のハンドル軸が三〇度よじれている点である。大慈彌鑑定は、自転車が被告車の正面に衝突したからであるとするが、自動車の正面に衝突すると、どのような発生機序でハンドル軸が三〇度よじれるかについての説明が全くない。大慈彌鑑定では、最初の衝突後に、自転車はそのまま前方へ進行しつつ左回転を生じるのであるが、この状況でハンドル軸が三〇度よじれる衝撃は見受けられない。次に、前輪リムがタイヤの左側に湾曲している点についても全く説明されておらず、衝突程度では、このような状態になることは考えられない。また、ペダルクランクの曲損について、大慈彌鑑定では、この損傷が自転車の左回転によって被告車の左ステップ部に衝突した際に生じたものであるとするが、ペダルクランクの曲損は、自転車のフレームをも曲げるほどのものであるから、被告車の左ステップ部がわずかに歪曲する程度で、自転車にこのような損傷が生じるとは考えられない。さらに、左ペダル側の擦過痕について、大慈彌鑑定は、自転車が路面上を移動する際に生じたものであるとするが、このように押し付けられる状態の擦過は、自転車の単なる路面上の移動では生じない。

(四) 大慈彌鑑定では、鑑定に際し、自転車や被告車の現物を確認しておらず、写真のみによる判断であり、しかも、実況見分調書添付の写真は、単なるコピーである。このような資料だけでは、損傷状況の正確な把握は不可能である。ところが、大慈彌鑑定では、あたかも現物を確認したかのごとき記載がされている(例えば乙九の一六ページ、一九ページ)。このような考察は、現物の確認なしにはできないものであり、写真のみでは到底判別できない。このような鑑定姿勢からしても、大慈彌鑑定は、まず事故状況についての結論を先取りし、それに見合うように損傷状況を説明したものである。

(五) 本件においては、自転車が轢過されたか否かが最も大きな争点である。この点につき、江守鑑定は、自転車の現物を精査し、その損傷状況から、自転車が轢過されたと判断している。すなわち、ハンドル軸のよじれ、前輪リムの湾曲、上フレームパイプの曲損、ペダルクランクの歪曲、ペダル裏の擦過痕等は、いずれも強く押し付けられなければ生じない損傷であり、これらを総合すると、自転車が被告車に衝突したという事故状況では説明がつかず、自転車は轢過されたと考えざるを得ない。写真(甲九)でも分かるように、自転車が轢過された状態で自転車を地面に置いてみると、損傷形態がよく地面に符合し、損傷状況も合理的に説明できる。

(被告の主張)

(一) 被告車は、久住町方面から庄内町方面に向けて、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で幅員九・九メートル(車道幅七・七メートル)の優先道路である本件県道を進行していた。他方、亡孝夫は、自転車に乗り、被告車から見て左側にある脇道から、本件県道に、下り坂のためか、急に飛び出してきて、自転車を被告車の前部左端に衝突させたものである。右脇道は、路地と呼べるような狭い道で、亡孝夫の家族のみが利用している私有地であり、公衆の用に供する道路ではなく、本件事故現場が、三差路と評価できる道路環境にはなかった。さらに、本件事故現場付近の十数メートル手前には倒木杉があり、しかも、右脇道に対する見通しは、その手前に約一・二メートルの高さの土手があり、非常に悪かった。

(二) 本件において、被告が亡孝夫の進入を見通せる地点から衝突地点までの距離は一五・〇メートルであるから、被告が、脇見をせず、進入してくる亡孝夫を発見し、危険を感じて直ちに急停止の措置を取ったとしても、被告車の速度が時速五〇キロメートルであるので、停止するまで二五メートル(空走距離一〇メートルと制動距離一五メートルを加えたもの)を要し、また、衝突地点までほとんど減速できない状況にあった。

したがって、被告が脇見をしなかったとしても、本件事故を回避することができなかった。本件事故は、亡孝夫が右優先道路に進入するに際し、一時停止しなかったために発生したものであり、亡孝夫の一方的な過失によるものである。また、被告車には、構造上の欠陥や機能上の障害はなかった。したがって、被告は、自賠法三条但書により免責される。

(三) 本件事故態様については、実況見分調書の内容が正しい。この点につき、大慈彌鑑定は、次のとおり、右実況見分調書に記載された事故態様が正しいとの結論を出しているが、同鑑定では、被告車、自転車にある各痕跡、亡孝夫の傷害の部位、程度、道路上にある擦過痕等の痕跡を合理的に説明できている。

(1) 被告車の車体に生成された痕跡と、自転車に生成された痕跡を照合させた場合、被告車の左前部と自転車の右前部が直角に衝突する場合以外考えられない。とくに、被告車の左側部にできた凹損や痕跡は、追突の事故態様では説明できない(左前フェンダー部等に亡孝夫の頭部付近が衝突したもの。)。

(2) 亡孝夫は、左環指裂創を負っているが、右受傷は、被告車の前左側面部に自転車のハンドル右部が直接衝突する以外にはあり得ない。

(四) これに対して、江守鑑定は、自転車が被告車から追突されたうえ轢過されたとする。しかし、追突では、前記のとおり、被告車の左側部に生成された痕跡の説明がつかず、その痕跡(道路面のスリップ痕、被告車の前部等における凹損等)もない。しかも、自転車と亡孝夫が追突されたうえ、被告車の車体の下にもぐり込んだのであれば、それらがどうして被告車の速度を上回る高速度で左前方に押し出されていったのかが全く説明できていない。さらに、自転車と亡孝夫が轢過されたのであれば、轢過個所については、原状回復ができないほど押しつぶされているはずであるのに、事故直後の自転車の写真(乙六)では、そのような状態ではなく、また、亡孝夫の診断書には、轢過の所見は全くない。

2  損害額(診療費、付添看護費、入院雑費、葬儀費用、逸失利益、慰謝料、鑑定費用、弁護士費用)

3  過失相殺

(被告の主張)

仮に被告に過失があったとしても、被告主張の本件事故態様からすると、被告の過失は一〇パーセント、亡孝夫の過失は九〇パーセントである。

(原告の主張)

原告主張の本件事故態様からすると、亡孝夫に過失はない。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲三の1ないし3、九の1ないし6、乙一ないし一一、証人大慈彌雅弘、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する甲第六、第八号証、証人江守一郎の証言はいずれも採用できない。

1  本件事故現場は、別紙図面のとおり、ほぼ東西に伸びる県道(以下「本件県道」という。)上で、センターラインのある片側一車線(両側二車線)の東行車線上である。また、本件事故現場付近は、別紙図面の<×>点(以下、同図面上の地点は記号のみで表示する。)の西側(久住町寄り)は、一車線の幅が三メートルで、東行車線の北側沿いに幅一メートルの路側帯と、同路側帯の北側沿いに幅〇・四メートルの有蓋側溝が設置されている。さらに、有蓋側溝の北側沿いの別紙図面の「コンクリート土手」と記載された部分は、表面がコンクリート吹き付けの崖となっている。また、<×>点の北側には、本件県道と交差する部分の幅が約二・八メートルのコンクリート舗装されたほぼ南北に伸びる道路(以下「本件交差道路」という。)がある。本件交差道路は、本件県道に向かって一〇〇分の一五の下り勾配となっており、本件県道との交差点の北西角付近には、本件県道及び本件交差道路の各道路面から高さ約一・二メートルの土手があり、土手には雑草が茂っている。

2  本件事故現場付近は、本件県道沿いに人家が散在する交通閑散な場所であり、道路標識等による速度規制は行われていない。また、本件事故現場付近は、平坦なアスファルト舗装で、本件事故当時、路面は乾燥していた。本件県道の東行車線を本件事故現場に向かって走行してくると、緩やかな左カーブを通過した後の見通しの良い直線道路となって本件事故現場に至っている。また、本件県道の東行車線を本件交差道路との交差点付近に向かって被告車で走行してくると、右交差点の約四四・八メートル手前の地点では本件交差道路自体を認識することができず、同地点から約二一メートル進んだ地点(右交差点から約二三・八メートル西寄りの地点)では、本件交差道路のうちの本件県道と接する部分だけが認識できるが、それが道路であることを認識することは困難である。さらに、本件交差道路の中央付近で、本件県道の北側沿いに設置されている有蓋側溝の北端から北へ一メートルの地点にある自転車を本件県道の東行車線上で東向きに停止している被告車から確認できる最長距離は、<×>地点から一五メートル手前(西寄り)である。

3  被告は、本件事故当時、被告車を時速約五〇キロメートルの速度で運転して、本件県道の東行車線上の<×>地点から約四四・八メートル手前の地点に差しかかった。その際、被告は、進路左前方約二六メートルの別紙図面「コンクリート土手」の表面上に風倒木があることを認めた。その後、被告は、そのままの速度で進行していたが、本件県道が進路前方で右に湾曲しており、この湾曲し始める付近の道路右側沿い(被告車の進路右前方)に竹林があったことから、対向車の有無を確かめるため、風倒木を認めた地点から約二一メートル進行したところで、この竹林の方向に脇見をしながら、そのままの速度でさらに約二二・三メートル先の<1>地点まで進行したところ、被告車の左前部と、本件交差道路を南進してきた亡孝夫の運転する自転車の前部とが<×>地点で衝突した。被告は、右衝突の前後に急制動の措置を講じたことはなかった。

4  本件事故後、亡孝夫は、<×>地点から約七・六メートル離れた<ア>地点に転倒し、自転車は、<×>地点から約九・五メートル離れた<イ>地点に転倒した。また、被告車の方向指示器の破片は、<×>地点から約九メートル離れた地点と、約一〇・八メートル離れた地点にそれぞれ落下しており、自転車のバッテリーケースが<×>地点から約一六・五メートル離れた地点に、自転車のライトレンズが<×>地点から約二七・九メートル離れた地点に、自転車のグリップが<×>地点から約二一・八メートル離れた地点にそれぞれ落下していた。

5  本件事故により、亡孝夫は、急性脳腫脹、外傷性クモ膜下出血、脳挫傷、頭蓋底骨折、全身打撲、右環指裂創、肝挫傷、膵挫傷、左血胸の傷害を負った。右受傷のうち、顔面については、右顔面に外傷が見られ、右環指の裂創は、骨まで達するものであった。なお、胸部、腹部については、レントゲン検査、CT検査の結果、いずれも異常がなかった。

6  被告車は、車長四・六九メートル、車幅一・六九メートル、車高一・九九メートル・車両重量一七八〇キログラムの普通貨物自動車であり、本件事故当時、ハンドル、ブレーキ等に異常はなかった。本件事故による被告車の損傷状況は、左前照灯(二灯式)左側破損、左前照灯カバー亀裂破損、左前部方向指示器破損、左前部フエンダー凹損及び擦過痕、左助手席ドア凹損及び擦過痕、左側ステップ圧迫歪曲、左前部バンパー凹損及び擦過痕、左側荷ひもフック接触痕の損傷であった。また、自転車は、車長約一・三メートル、車幅約〇・五メートル、車高約〇・七メートル、車両重量一四キログラムの子供用自転車である。本件事故による自転車の損傷状況は、前輪歪曲、フロントフォーク足歪曲、前部荷かご歪曲、右ハンドルブレーキレバー歪曲、右ハンドルグリップ脱落、ライト破損、後部泥除け歪曲及び擦過痕、上下縦パイプ歪曲、バックホーク歪曲、前輪タイヤパンクであった。

7  一般的に、前方を注視している普通乗用車の運転者が、時速五〇キロメートルの速度で進行中に、乾いた舗装道路で急ブレーキをかけた場合、空走距離(運転者が危険を感じてブレーキを踏み、ブレーキが効き始めるまでの距離)は一〇メートルで、制動距離(ブレーキが効き始めてから停止するまでの距離)は一五メートルである。

二  本件事故態様及び被告の自賠法三条但書に基づく免責の可否について

1  本件事故態様について

前記一で認定したところによれば、本件事故は、被告が被告車を時速約五〇キロメートルの速度で運転して本件県道の東行車線を走行中、進路右前方の竹林の方向に脇見していた際、本件交差道路から本件県道に進出してきた亡孝夫の自転車に気付かないまま、同自転車と衝突したために発生したと解するのが相当である。

この点につき、原告は、被告車が自転車の後部に衝突した後、同自転車及び亡孝夫を轢過したと主張し、江守鑑定も右主張に添う見解を示している。しかし、以下のとおり、原告主張の事故態様は採用できない。

(一) 原告主張の事故態様であれば、被告車の損傷は前部に限定される可能性が大きいと解されるのに、実際には、左助手席ドア凹損及び擦過痕、左側荷ひもフック接触痕が存在している。

(二) 原告主張の事故態様を前提とすれば、本件事故当時、被告車と自転車との速度差は、時速三五キロメートルないし四〇キロメートルであったと解されるところ、このような速度差で被告車が先行する自転車の後輪付近に衝突したのであれば、自転車の後輪及び後部泥除けに大きな損傷が発生すると解されるのに、実際には、後部泥除けが後ろから押され、上部に持ち上げられたように変形しているものの、その変形の程度はそれほど大きなものではなく、しかも、自転車の後輪には変形等が見受けられない。

(三) 江守鑑定では、被告車が自転車を轢過したとの見解を示しているが、本件県道上には、右轢過を裏付けるような擦過痕等の痕跡が見受けられない。

(四) 江守鑑定では、被告車が自転車を轢過した方向について、自転車の前輪の一部を轢過した後、自転車のハンドル軸とペダルのクランク軸とを結ぶ前フレームを轢過し、さらに、自転車のハンドル軸とサドル軸とを結ぶ水平フレームを轢過したとの見解を示しているが、実際には、前フレームにこのような損傷は認められない。

(五) 江守鑑定では、被告車が自転車の後部に衝突した後、亡孝夫の後頭部が被告車の左前フェンダーミラーの支持部付近に衝突したとの見解を示しているが、実際には、亡孝夫の後頭部にこのような受傷は見当たらない。

(六) 江守鑑定では、被告車が自転車と亡孝夫に衝突した後、亡孝夫を轢過したとの見解を示しているが、亡孝夫の胸部、腹部のレントゲン検査及びCT検査の結果には異常がなく、頭部、その他の部分にも、タイヤ痕や骨折等の轢過を裏付けるような痕跡は見当たらない(江守鑑定では、轢過された個所は偏平するが、子供の骨は非常に柔らかいので、骨折の所見がなくても不自然ではないとの見解を示しているが、被告車が一七八〇キログラムもの重量を有するものであることを考慮すると、江守鑑定の見解は不自然である。)。

(七) 江守鑑定では、被告車が自転車の後部に衝突した後、自転車と亡孝夫とがばらばらに運動するとの見解を示しているが、亡孝夫の右環指には骨にまで達する裂創があり、自転車の右ハンドル部のグリップが脱落して地点に落下している(左ハンドル部のグリップには変化がない。)ことから、亡孝夫が自転車のハンドルを握っていた際に、右ハンドル部と右手指に極めて大きな力が加わった可能性が高いと解される。

以上検討した被告車と自転車の各損傷状況、亡孝夫の受傷部位と受傷内容からすると、原告主張の諸点を考慮しても、原告主張の事故態様と江守鑑定の見解は採用できない。

2  被告の自賠法三条但書に基づく免責の可否について

前記一で認定したところによれば、本件事故現場付近は交通閑散な見通しの良い直線道路であり、本件交差道路の南端(本件県道への出口)付近の西側は、高さ約一・二メートルの土手で、その上に雑草が茂っているため、本件県道の東行車線上を本件事故現場に向かって東進してくる車両からは、本件事故現場から約二三・八メートル手前まで接近しても、本件交差道路を見付けることは困難であり、しかも、本件交差道路の中央付近で、本件県道の北側沿いに設置されている有蓋側溝の北端から北へ一メートルの地点にある自転車を本件県道の東行車線に東向きに停止している被告車から確認できる最長距離が<×>地点から一五メートル手前(西寄り)であるので、被告に対し、本件事故現場の一五メートル手前の地点に至るまでの間に、被告車を減速すべき義務を負わせることはできないと解され、これに普通乗用車の時速五〇キロメートルにおける前記空走距離、制動距離を併せ考慮すれば、本件において、仮に被告が前方を注視して被告車を運転し、本件交差道路を本件県道に向かって走行してくる自転車を発見して急ブレーキの措置を講じたとしても、ブレーキが効き始めた直後ころに自転車と衝突することになるから、本件死亡事故の発生について被告に過失がなかったと解するのが相当であり、かつ、本件事故当時、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかったので、被告は、自賠法三条但書により免責されるというべきである。

三  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 安原清藏)

(別紙図面)

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